鯉のぼり会
【屋根より高い】
幼稚園で毎年楽しむのが「鯉のぼり会」。
各クラスが作ったかわいい鯉のぼりを披露して、名前を紹介。
最後に鯉のぼりを園庭にあげて、歌を歌います。
「屋根より高い鯉のぼり♪」
歌が終わると先生達が演じる「鯉兄弟」が登場。
子どもたちと相撲や綱引きをして力比べ。
子供たちが地面で楽しそうに遊ぶ上の方で、
鯉のぼりは面白そうに泳いでいる、
何ともほほえましい風景です。
【向かい風】
「鯉のぼり」は夏の季語です。
端午の節句(5月5日)に合わせて立てられる、
江戸時代から続く伝統的な子供の成長を願う風物詩です。
おもしろくふくらむ風や鯉幟(正岡子規)
風吹けば 来るや隣の 鯉のぼり(高浜虚子)
他にもたくさんの句が調べると出てきますが、
鯉のぼり 泳ぐ力は 向かい風(池田勇諦)
作者は真宗大谷派の先生。
ある方のお説教で紹介してもらいました。
他力のお念仏をいただく者を「鯉のぼり」と重ねています。
逆流の滝を上がっていく鯉同様、
鯉のぼりもその風は逆風、向かい風です。
逆風にめげずに泳ぐ鯉のぼり。
それは諸行無常という人生の逆風・逆境をむしろ自分の歩む力にかえる姿ともとれます。
「あの時の悲しみ・苦しみが私の力になりました。」
順風満帆とはいかない人生ですが、
逆風をむしろ自らの力にかえるものがあります。
向かい風はもう一つあるのです。
弥陀の浄土へと歩みを進める時、
向こうから吹いてくるのが、
弥陀の本願力という「向かい風」です。
中身が空っぽの鯉のぼりのごとく、
自力の欠片一つまじえず、
他力の向かい風、如来の本願力を吸い込み、泳ぐお念仏の道。
見渡す限りの如来の光明に照らされた青空。
「面白そうに泳ぐ」ばかりです。
【池の鯉】
ところで鯉といえば昔、以前こんなお話を聞きました(忘れたので半分以上創作かもしれません)。
F住職があるご門徒の家のご法事に行きました。
終った後に、
「ご院家さん、申し訳ありません。」
「何か?」
「この度は準備が忙しくて、うっかり床の間の掛け軸を『南無阿弥陀仏』にしていませんでした。」
「ああ、そういうことですか。……でも有難いじゃないですか。」
「はぁ?『池の鯉』ですが、何が有難いのです?」
「わが宗旨には善導大師の『二河白道』という説話があります。
私たちは、お釈迦様の「なんぢ、ただ決定してこの道を尋ねて行け」のおすすめを聞き、
阿弥陀様の「なんぢ一心正念にしてただちに来れ」とのお招きを聞き、
二尊のみこころ聞き、唯々、弥陀のご本願のはたらきをいただくのです。
分かりませんか?
釈迦は「行け」と勧め、弥陀は「来い」と喚びつづけておられる。
「行け」と「来い」、池の鯉。
有難いじゃないですか。」
私もそれ以来、「池の鯉」の絵がありがたくなりました。
【喚び声】
如来所以興出世 唯説弥陀本願海(正信偈)
お釈迦様がこの世に現れた理由は、
弥陀如来の法を伝えるためである、
そうお念仏のみ教えを讃える「正信偈」。
お釈迦様に限らず、様々な有縁の方が、様々な形で、
「この道を行け!」とこの私の背中を押してくださいました。
お念仏の道を歩んでみると、はるか前から届いていた、
「われに任せよ。そのまま来いよ」の如来の喚び声にであう事です。
気が付けばそこら中がお喚び声。
「池の鯉」の掛け軸、それはつまる所、
「南無阿弥陀仏」の名号が姿をかえたものでした。
如来の池(行け)に身を浸し、
如来の鯉(来い)を聞きながら、
大空を鯉のぼりのごとく諸行無常の娑婆を泳ぐ、
5月のお念仏者です。
……あと一言。
こんな句も見つけました。
家族みな 同じ向きして こいのぼり
お念仏は、「私一人」という“いのち”の問題、その解決の教えですが、
家族で一緒に聞法の生活、お念仏を喜ぶのは一入です。
そういう意味でお仏壇は大切です。
(おわり)
カテゴリー:法話
投稿日:2026年05月01日