昔のHP法話より(2015年11月前半) 徹底した大慈

昔のHP法話より(2015年11月前半) 徹底した大慈

徹底した大慈

【仏弟子道】

 「武道」「剣道」「茶道」。「道」がつくものに共通なものがあります。それは師匠の存在です。自分は弟子となり、師匠から大切な手ほどきをうけます。はじめから我流ではどうしようもありません。

 仏教も仏道です。徹底的に仏弟子道なのです。師匠の存在を意識、敬愛したいものです。

 では仏教で師匠は誰か?

 まずもってお釈迦さまです。宗派共通の師匠です。

 そして宗派の開祖。浄土真宗の場合は親鸞聖人があげられます。

 もちろん親鸞聖人は、「親鸞は弟子一人ももたずさふらう。」(『歎異抄』第六条)と仰せられましたが、教えを聞く私たちにとって親鸞聖人はどこまでも師匠です。

 他にも蓮如上人、歴代のご門主、和上、ご講師………教えを聞く身になっていくと、師はだんだん増えていきます。
 こんな言葉があります。

  頭を下げるような師匠がおらんと人は言う。
  頭が下がる身になれば、師匠はそこら中にいる。

 様々な方が私の師となり、お念仏の味をお取り次ぎくださいます。仏の恩、師の恩をいただくお念仏の生活です。

 今回の法話は、今から30年前にご往生された(1985年9月30日)、岩国市広瀬の浄光寺前住職・広兼至道師よりお聴聞賜ります(「仏弟子道」という語も広兼師より聞かせていただいた言葉です)。

【徹底した大慈】

「念仏もうすのみぞ 末徹すえとうりたる大慈悲心にてそうろう
  (念仏を称えることだけがほんとうに徹底した大慈の心、すなわち愛の真実である。)

 

「忌日とて集い来たれど子らみなが、語らずなりし妻を哀しむ」

(千葉、矢島翠峰、『週刊文春』三月九日号)

 妻よ、今日はお前の命日だ。私はこうして生き残っておまえの亡きあとを見てきた。かって、おまえが亡くなったころ、命日に集い来た子らは、おまえのことばかり話していたものだった。妻よ、よかったなあ、精一杯情愛かけて育てたほどのことはあったなぁ、とおまえのためにもよろこんだものだ。今日も子供たちが、おまえの命日だと集まって来たよ。だが、なんとしたことか。時がたてば、命日にやって来た子供達は、今はもう、語ることといえば自分達の生活ばかり。妻よ、妻よ、おまえのことなどひとことも言ってはくれぬ。ひとことも聞くことはできなかったぞ。

 おまえのあれほどの労苦は、今となっては、もう意味がなくなったのだろうか。妻よ、このことを知ったら、おまえも悲しかろう。私もまた、その悲しみを分けになって悲しんでいる。

 

 ――そういった歌であろうかと思います。

 血肉を分け、情愛をつなげる者のことは、とりわけ気にかけて生きるのが、私たちのあけくれでしょう。しかし、終には、永く離れ離れの流転にふみだしてゆかねばなりません。ひと握りの土となる命だと、思い知らされてあえがねばなりません。愛情が深ければ深い程、もだえも激しいことでしょう。そこに人間の悩苦(左訓:うれいかなしみ・なやみ・くるしみ)がありました。

 アミダと申す仏の本願(左訓:ねがいのこころ)は、これあるが故におこされたと、お釈迦さまは仏説無量寿経に示されます。その願が成就じょうじゅ(左訓:しあがった)した…………別れゆく者同志のなげきをすくう働きが完成したのが、ナモアミダブツ・名号みょうごうだとお釈迦さまが教えられました。

 愛が深ければ、たとえば、たとえ仲違なかたがいしても、相手のことが気がかりでしょう。たとえ医者が見放しても、さじは投げられないではありませんか。私の流転の事実にすぶられて、徹底した愛の真実(左訓:まこと)を求めるとき、阿弥陀さまのお慈悲が興起したのです。

(広兼至道 門徒通信『響流』71頁)

カテゴリー:法話

投稿日:2025年11月10日