慈雨の中で

慈雨の中で

【屋根のご恩】

 

今年の梅雨はよく雨が降ります。

ふと思い出したのが、
昨年の「輝け!お寺の掲示板大賞2025」で入賞した次の言葉です。

 

雨の日の
傘のありがたさは
わかるけど
屋根のご恩は
大きすぎて
わからない
(林現寺(浄土真宗本願寺派・福岡県北九州市)より)

 

大変興味深い言葉です。

そこで調べてみると、以前、
「本願寺新報(2015年03月20日号)」掲載の櫻井法道師の法話に、この詩が掲載されてありました。

しかも続きがありました。

 

闇の夜の
月の光のありがたさは
わかるけど
太陽の光は
大きすぎて
わからない 

雨の日の
傘のありがたさは
わかるけど
屋根のご恩は
大きすぎて
わからない

 

さらに調べてみるともう一つ、

 

隣人の
親切の有難さは
わかるけど
親のご恩は
大きすぎて
わからない

 

という一節を加えたものも浄土真宗のHPの法話にあり、

そこには「『病に生かされて』村上速水師」とありました。

 

村上速水和上の『病いに生かされて:親鸞を慕う人生』は現在絶版で、

購入するにはとても高額な値段がついています。

そこで国会図書館で閲覧しました。

すると本の冒頭にある鍋島武満という方のエッセーに、

この詩とよくにた言葉が記されてありました。

 

闇の夜の月の光はわかるけど、
太陽の光は大きすぎる
雨の降る日の傘のありがたさはわかるけど、
屋根の御恩は大きすぎる

 

鍋島さんは司法書士をしていた現役時代、突然「脳出血脳血栓脳軟化症」となり、半身不随になったそうです。

リハビリのかいあって三か月後に少し手足が動くようになったようですが、

それをきっかけに「指月苑」という老人ホームに入所。

そこで49人の同信会を作り、お念仏と共に起き、お念仏と共に休む生活を始められました。

 

「思えばこのような不幸が、かえって私を信仰の生活に導いてくれたわけで、

今ではすべてがみ仏さまの恵みであったと感謝しながら日暮しをしております。」

 

そう書かれた後、

おそらくお説教で聞いたのでしょう、

「闇の夜の……」の詩を紹介されていました。

 

「小さい御恩はわかるけれども、あまり大きな御恩は忘れがちであることを反省しながら、「お陰さま」と喜ばせていただいております。」

 

そう書いてエッセーは終わっていました。

当時、自坊の寺報に掲載しつつもあまりピンとこなかった村上和上でしたが、

和上ご自身も病気になった時、

鍋島さんの気持ちが大変よく分かり、

『病いに生かされて』の冒頭に引用されたのでした。

 

【支え】

 

「雨の日の」の詩を調べるうちに、

ふと私もこんな言葉が浮かんできました。

 

見上げれば

夜空の星の美しさはわかるけれども

地球という星の輝きは

大きすぎてわからない

 

夜空に輝く数限りない星達。

しかしそれ以前、私たちは地球という一つの星に住んでいます。

夜昼常に支えられている私です。

 

 

人生で

お金家族健康のありがたみは

わかるけど

如来のお慈悲は

大きすぎて分からない

 

お金や家族、健康も私を支えてくれますが、

必ず最後は離れていきます。

決して離れることのないご恩は不可思議でピンときませんが、

その事に反省しつつ、「勿体ない」といただきます。

その深さ、

分かりませんが忘れはしないお念仏です。

 

(おわり)

カテゴリー:法話

投稿日:2026年07月01日