まだ生きている

まだ生きている

【偶然】

 

ある土曜日昼間、突然友人Iのお父さんがこられました。

「Iの法事をしてもらいたい。」

Iは2年半前に突然亡くなりました。

いわゆる孤独死でした。

Iのお父さんと久しぶりにIの懐かしい話をしばらくしました。

 

さてその日は夕方、幼稚園の「夕涼み会(盆踊り)」があり、

片付け・反省会が終わってクタクタでいつの間にか眠りこけていました。

 

夜中に目が覚めたので、何気なくサブスク(動画配信)で映画観賞。

たまたま選んだのは阿部サダヲさん主演の「アイ・アム まきもと」でした。

 

しばらく観ていたのですが、「あれ? 似てる」と。

実はこの映画、以前観たイギリス映画『おみおくりの作法』(2013年の)のリメイク作品でした。

孤独死をきっかけに主人公がいろんな人とであっていく作品です。

昼間の友人の事と重なり、とても驚きました。

 

【静物画】

 

イギリス映画『おみおくりの作法』は、

孤独死した人の葬儀を執り行う真面目な公務員ジョン・メイの物語です。

独身で人付き合いもない彼ですが、その性格からか、

故人のために音楽や弔辞を準備して心を込めて見送っていました。

ある日、自分の住む向かいのアパートで孤独死が発見されます。

最後の担当として、彼はその人の親族や友人を探す旅に出ます。

その中で人生の温かなつながりを見出していくという映画です。

 

当時、予告編をテレビで観て、わざわざ広島の映画館へ行きました。

ラストシーンで大変感動し、パンフレットを購入。

すると原題は「Still life」とありました。

 

調べるとStill lifeは「静物画」という意味がありました。

静かで穏やかな人生(still life)を望むジョン・メイ。

また動かない故人を意味しての「Still life」(静かな生命)と想像しました。

 

「Still life」を観て数ヶ月後だったと思います。

ある布教大会にて、英語にとても詳しい方にであいました。

娘さんがイギリス留学中で、親子でイギリスを観光した思い出などを話してくれました。

思わずイギリス映画「Still life」を話題に出しました。

映画の概要を話した後、

「やはり『still life(静物画)』というタイトルは、静かな生活という意味あいでしょうか」とたずねると、

その方は、「『まだ生きている』……そんな意味に聞こえますね」と。

 

「葬式というのは結局遺族のためのものですよ。

ところがその人たちが参列しないとなれば……」

「しかし、亡くなられた人の思いは……。」

「ありません!」

「ない?」

「ない。死んだらすべて亡くなるんです。」

「……私はそうは思いません。」(映画『アイ・アムまきもと』より)

 

「still life」の間にカンマをいれると「Still, life」(まだ生きてる)となります。

亡くなっても故人は「まだ生きている」、そんな事を考えさせられる映画でした。

映画の原題「still life」には「まだ故人は生きている」という本当の意味が隠れているのかもしれません。

 

【二種回向】

 

他力の信をえんひとは

仏恩報ぜんためにとて

如来二種の回向を

十方にひとしくひろむべし(皇太子聖徳奉讃)

 

阿弥陀如来の本願は、

どのようなものも浄土に往生させ、「仏」にしたいと志願されました。

そんな志願のはたらきで浄土で仏となった者は、

阿弥陀如来と同様、十方にひとしくいきわたり、また衆生を救う存在となります。

 

それは言いかえると、

阿弥陀如来の本願を聞き、

その願いを信じる身となった者にとって、

縁ある他の方々は「死んでおしまい」ではありません。

みな平等に浄土で仏となり、

あらゆる所、すなわち私の所に帰ってきている、

そういう意味で「まだ生きている」のです。

 

「今、(お浄土からかえってこられて)私の講義を心配そうに観ておられます(笑)」(I和上)

「○○先生はここにおらす(いる)!」(義父)

 

そんな台詞が言えるのも、

単なるきれい事ではありません。

ご法義というきちんとした土台の上で堂々と申せるのです。

 

今年もお盆の時期となりました。

「お盆には死者がかえってくる」という世間の迷信を聞きながら、

「お念仏申す所にみな生きておられる」といただくばかりです。

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:法話

投稿日:2026年08月01日