みえない力に包まれて
【生誕100年】
1月16日は親鸞聖人の御命日…でもありますが、詩人・吉野弘さんの誕生日でもあります。
今年は詩人・吉野弘(1926-2014)さんの生誕100年。
なんと前日の1月15日は吉野さんの御命日で13回忌でした。
親鸞聖人のご恩を偲びつつも、吉野弘さんの詩を読み返しました。
吉野弘さんは1926年(昭和元年)、山形県の酒田市生まれ。
23歳頃に肺結核を発病。
入院中に詩作をはじめ、詩「I was born」が本に掲載されます。
昭和28年(1953年)、茨木のり子さん等が創刊した詩誌「櫂」に参加。
谷川俊太郎、大岡信さんとであっていきます。
「祝婚歌」や「夕焼け」、「奈々子に」に「生命(いのち)は」、「初めての児(こ)に」、「石仏 -晩秋」、「雪の日に」等、優しく平易な言葉で日常の中にひそむ人間の感情や美しさといったものをすいあげた詩がたくさんあります。
また吉野さんには「漢字喜遊曲」とよばれる詩があります。
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恥 心に耳を押し当てよ 聞くに堪えないことばかり 忌 忌むべきものの第一は 己が己がと言う心 惹 若いほうへと 気もむくさ 偽 人の為とは偽りさ… 黙 黒い犬が黙っています 文字通りということもあるのです 表裏 「裏」の中に「表」があります |
単なる漢字遊びのようでいて、言葉の本質をつかんだような詩です。
【心の四季】
吉野さんといえば、30年前に合唱団にいた時、吉野弘作詞・高田三郎作曲『心の四季』を歌ったことがあります。
合唱をする人なら誰もが知る高田さんの代表作の一つです。
調べてみると、この曲は、1967年、文化芸術祭参加作品として、NHK名古屋放送局の委嘱により高田氏が作曲されたそうです。
この第一楽章は、吉野弘さんが、この合唱曲のために書き下ろした詩です。
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風が
風が桜の花びらを散らす
光が葡萄(ぶどう)の丸い頬をみがく
雨が銀杏(いちょう)の金の葉を落とす
雪がすべてを真白に包む |
美しい日本の四季に重ね、「見えない時間」の中を生きる私たちの人生について書かれました。
時間という変化の流れ、それを仏教では「諸行無常」という言い方をします。
春の風のように、刻一刻と諸行無常の風が吹き流れる私たちです。人は徐々に老いさらばえていきます。
また秋の雨が金の葉を落とすように、いつか私たちは透き通る存在、消えていかなけばなりません。
けれども私たちの人生という時間の中で、成長・成熟していく面があります。
夏の光に照らされる果実のように、人は輝いていける存在でもあります。
また私たちは包まれているともいえます。
いろんな人生の悲しみや苦しみ。
冬の雪はそんな辛い「汚れ」を浮き彫りにし、しずかにそれを包むのです。
【見えない永遠】
親鸞聖人はこの人生に「阿弥陀」という「見えない力」を見出されました。
夏の光のように、私を照らし、さとりへの道へいざなう智慧のはたらき。
また冬の雪のように、悪業のままの私を包みこむお慈悲のはたらき。
夏も冬も、暑さ寒さは厳しいものがあります。
猛暑や極寒といった人生の苦難の時、見えなかった「見えない時間」ならぬ「見えない仏さま」の存在がいよいよ現れ出てくださいます。
【弘の願】
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お前にあげたいものは |
吉野弘(よしのひろし)さんの娘さんへの願いです。
お釈迦様の遺言は「自灯明 法灯明」。
自灯明…それは自らのを灯火とし、自らをよりどころとしてほしいという願いです。
他人まかせにせず、自ら精進し、うぬぼれず、おこたらず、謙虚に歩んでほしいと。
けれどもそのために、法灯明…み教えを灯火とし、おみのりをよりどころとしてほしいと願われました。
自分を大切にするためには、決してゆれ動かない、たおれない、真実にであってほしいと。
南無阿弥陀仏の六字はそんな法灯明を一言につづめたものです。
そこには阿弥陀さまの願いがこめられています。
弘(ひろし)の願いとかいて「弘願(ぐがん)」。
何があってもあなたを離さず、受け止めてみせるという、仏の誓いです。
今年は午年です。
人生万事塞翁が馬。
何がおこるか分からない、予測不能な一年が始まります。
ですが、吉野弘さんの生誕百年、弘さんの願いをご縁に、仏さまの弘願を味わい、今年も「見えないちから」の阿弥陀さまと、「見える・聞こえる『南無阿弥陀仏』」に身をまかせていくことです。
(おわり)
カテゴリー:法話
投稿日:2026年01月16日